科学研究費 基盤研究(C)

ハーバード燕京研究所の獅子像(右)

研究テーマ

19世紀末-20世紀初中国の感染症流行の構造解析―感染症流行年表の制作を中心に―(22K00937)

研究概要

〈研究の概要〉

本研究は、太平天国の乱の終息から辛亥革命に至る中国、特に広東・福建・台湾という感染症の流行地域を対象に、公益財団法人東洋文庫所蔵の医療史関連の資料、中でもMedical Reports(『海関医報』)を活用し、GISデータと連動した感染症年表の作成を行う。本研究は、交通網、通商の発展で海外から中国へ流入した感染症が内部でいかに感染拡大したか、その長期的な影響を俯瞰する試みとなる。

〈研究の目的〉

本研究の目的は、GISデータと連動した19世紀末から20世紀初頭中国の感染症流行年表の作成を通じた、当該地域における感染症流行の発生・拡大過程の整理・解明にある。
対象となる清朝時代中国(以下清代)、中でも19世紀末から20世紀初頭は、交通網の発展、欧米・日本を含む諸外国との通商を背景に、従来中国では認識されていなかった感染症が海外から流入し、多くの被害をもたらした時期に当たる。

しかし、海外からの感染症が中国へ流入した後、内部でいかに感染拡大したかについては、研究が進んでいない。この課題を解明することで、中国・日本を含む東アジアの感染症流行・拡大の長期的な影響を、具体的に示すことが可能になると共に、感染症への防疫体制の構築にも資するものとなるだろう。

研究班メンバー

研究成果・お知らせ

上海社会科学院における報告の様子

「上海社会科学院シンポジウム参加について」

2025年11月7日から9日にかけて、研究代表者(多々良)は上海社会科学院主催シンポジウム『《密勒氏評論報》与抗戦国際学術研討会』に参加した。本シンポジウムのテーマは、は20世紀初頭の上海で刊行された英字新聞The China Weekly Review(『密勒氏評論報』)を主要資料に、当時の新聞上で日中戦争はいかに報道され、どのような影響を与えたかとなる。研究代表者は「如何使用《密勒氏評論報》――以医療記事為中心」という題目で、(1)災害・戦争と疫病、(2)コレラ・ペストの流行、(3)日本・「満洲国」が中国大陸で展開した医療・衛生政策、これら3点からに分析を加え、日本・中華民国間の対立・緊張を医療・衛生という観点から報告をおこなった。この報告内容は、現在作成中の感染症年表・デジタルマップの一部となる予定である。また、本シンポジウムでは学術報告に加え、上海社会科学院所蔵版The China Weekly Reviewを含む同機関の貴重資料の展示・公開もおこなわれた。

ハーバード燕京研究所正面

「ハーバード燕京研究所調査について2」

2025年8月14日から23日にかけて、研究代表者(多々良)はハーバード燕京研究所(HYI)において資料調査を実施した。

対象資料は主に嶺南大学(現中山大学の前身)附属の博済医院年次報告書(1931~1941年度)となる。本資料は病院の財務状況、医療・衛生を中心とした活動内容などが記録されている。特に疫病流行の報告は貴重で、博済医院が属する広東省を中心に、コレラ、天然痘の被害と治療状況について記載される。そこには、日本軍の広東侵略下における医療活動についても言及されていた。

資料調査に加え、研究代表者はHYI所属の専門家から、現在ハーバードでは、図書検索システムHOLLISの利便性を向上させるため、AI導入が進められていることをご教示いただいた。近年多くの研究機関で進展する資料のデジタル化により、資料閲覧の利便性は大いに高まっているが、同時に体系的な図書検索システムをいかに構築するか、また長足の進歩を遂げているAIをどのように研究面で利用するかは大きな課題となっている。HYIが進めている計画は、この課題に対する一つの方向性を示すと考えられる。

東洋文庫談話会における研究報告「医学史データベースの構築と課題-東洋文庫医療史資料を中心に」

2025年3月2日開催の2024年度東洋文庫談話会において、研究代表者(多々良)は医学史データベースに関する次の報告を行った。

2019年末から始まったCOVID-19のパンデミックを契機に、日本を含む多くの国々では感染症への関心が高まった。歴史学の分野では感染症が歴史的にどう流行したかという点に注目が集まっている。この流れの中、近年医療・感染症関係史料の電子化と公開が、目覚ましい速度で進んでいる。一方で感染症拡大の歴史的理解のためには、史料公開の機能だけでなく、より一歩踏み込んだ有機的なデータベースが必要になる。

研究代表者はこの課題を解決する一階梯として、また今後の感染症対策の参考とするため、東洋文庫所蔵の医療史関係資料、特に基幹資料群「モリソン・コレクション」内に収められるMedical Reports(『海關醫報』)を基軸に、現在医学史データベースを構築している。本データベースは、19世紀末~20世紀初頭における「瘴癘の地」(現広東省、広西チワン族自治区、福建、台湾)と称された熱病流行地帯の年表を作り、Medical Reports
原資料、及び東洋文庫所蔵の地図・画像資料とGoogle Mapとの連動を試みている。これは、地図との連動で感染症の広域流行を視覚化すると共に、年表化することで感染症の歴史的な拡大を検証する材料となる。

今後の課題として、東アジア各国の資料、特に「地方志」(特定地方の自然、社会の各方面の歴史と現状を記録した資料)記載の疫病流行記事に基づく、同様のデータベース作成と照合が必要となる。

ハーバード燕京研究所

「ハーバード燕京研究所調査について」

2024年3月20日から27日にかけて、研究代表者(多々良)はハーバード燕京研究所(HYI)において資料調査を実施した。対象資料は主に清代中国の医学書、およびキリスト教宣教団医院・近代中国医院関連資料となる。これらの資料は感染症の歴史的位置付け、および東アジアへの近代西洋医学の受容実態を検証する上で非常に有益となった。

また上記調査に加え、研究代表者はHYI所属の専門家から、同機関における資料デジタル化の進展について指導を受けた。資料デジタル化は、災害などを原因とする緊急事態下での資料保存、そして広範囲での公開という社会貢献に寄与する事業となるHYIの当事業はその代表例であり、2024年に百周年を迎える東洋文庫を含め、日本における資料デジタル化のコンセプトモデルの一つになると思われる。