2025.01.27

No.3. 2025.1.27 漢口からの手紙

漢口からの手紙

昨年(2024)十一月に東洋文庫は百週年を迎えた。東洋文庫は、言うまでもなく三菱の第三代総帥であった岩崎久彌男爵が購入したモリソン文庫を擴充するかたちで設立された東洋學の研究圖書館であり、大正十三年(1924)十二月一日からの一般公開は内外の新聞にも大きく取り上げられた。その直後に、一通の手紙が中國の漢口から岩崎男のもとに屆けられた。差出人は漢口倶樂部名譽圖書館長のスキナー(A.H.Skinner)という人で、文面は日本語に譯すと以下のようなものであった。

東京、岩崎男爵殿
前略、貴下が一般に公開された新しい「東洋文庫」の開館については、新聞でも報道されたところです。私たちは、この圖書館の司書の方と連絡を取り、中國關係文獻の目録を購入(或は交換)したい  と考えています。どうか司書の方から直接に手紙を頂戴するようご手配いただけませんか? 匆々。 A.H.スキナー(名譽館長)

漢口倶楽部名誉図書館長のスキナーからの手紙画像

漢口倶樂部名譽圖書館長のスキナー(A.H.スキナー)からの手紙

この手紙は當時東洋文庫主事であった石田幹之助に轉交され、石田の手からこの年に出版されたばかりの『モリソン文庫目録』(Catalogue of the Asiatic Library of Dr. G.E.Morrison, now a part of the Oriental Library, Tokyo, Japan)全二册が漢口に送附された。

スキナー(A.H.Skinner)と漢口倶樂部

醫師でもあったスキナーは三十年にわたって漢口の天主堂醫院などで勤務、その傍ら漢口倶樂部の圖書館を築き上げた人物で、モリソンと同じオーストラリアの出身である。この圖書館の中國關連コレクションは約三千册に及ぶ特色あるコレクションだったが、國民黨軍の北伐の結果、租界の抛棄が行われ、漢口倶樂部の圖書館も維持することが困難になった。その結果、最終的にこれらの圖書をすべて香港大學が買い取ることになり、現在も香港大學の「漢口コレクション」(Hankow Collection)として殘されている。そして東洋文庫から贈られた『モリソン文庫目録』もまたこのコレクション中に保存されている。

ビブリオテカ・シニカの索引

ちなみに漢口からは『ビブリオテカ・シニカ』の「簡易索引」(A Rough Index to the Bibliotheca Sinica)が送られてきた。フランスの學者アンリ・コルディエの編になるこの浩瀚な目録は中國學者必備の參考書として有名だが、索引のないことが缺點であった。その意味で、スキナーの作ったこの「簡易索引」は當時としては甚だ有用なものであったようで、東洋文庫では、これを基礎とし、若干の増補を加えて1926年に再刊している。ただ關係者にのみ配付されたものらしく、國内外の圖書館ともに所藏は非常に少ない。

筆者は、數年前に「ビブリオテカ・シニカの索引について」なる一文を『東洋文庫書報』に載せたが、そこではスキナーの「簡易索引」を「粗略索引」として紹介した。實は當時もこう譯することに多少のためらいがあったが、いま「簡易索引」と改めたいと思う。

ともあれ草創期の東洋文庫が、漢口倶樂部の圖書館と交渉をもっていたことはあまり知られていないが、このスキナーの岩崎久彌宛書簡はそのキッカケを作ったものとして興味をそそられる。

(高田時雄)